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神の声を聞きなさい



出勤の支度をしていたとき、時間がなくなり、電車に乗り遅れそうなことに気づきました。すぐに思いついたのは、支度をやめてすぐに家を出ることでした。しかし、その時「支度を最後まで終わらせてからにしよう」という考えが浮かびました。少し考えた末、支度をきちんと終わらせることに決めました。その後、走ればまだ電車に間に合うかもしれなかったからです。


支度を終えた後、家族に別れを告げ、走って駅に向かいました。駅に到着すると、電車が10分遅れていることがわかりました。あれほど急いで間に合わせようとしていた電車が、私が到着して数分後に駅に来たのです。

聖書のヨハネによる福音書10章27節には、こう書かれています。「わたしの羊はわたしの声に聞き従う。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしについて来る。」


ここでイエスは、私たちを「フォロワー」ではなく、「羊」として例えています。当時の人々は、身近にいた羊飼いたちを思い浮かべたことでしょう。羊飼いたちは、1日のうち何度か羊を連れて集まり、水飲み場や小川で休むことがありました。羊飼いたちはお互いの近況を話し合う一方、羊たちは水を飲みます。それは賑やかで混沌とした光景でした。しかし、出発の時間になると、羊飼いたちはそれぞれの羊を呼びます。羊たちは、自分の羊飼いの声を聞き分け、混乱の中でもその声を認識し、ついていくのです。


イエスはご自身を羊飼いに例え、私たちを羊に例えています。「わたしの羊はわたしの声を聞く。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしについて来る。」さらに、「わたしは彼らに永遠の命を与える。彼らは決して滅びることがない。」とおっしゃいます。


私たちの注意を引こうとする声は数多く存在します。しかし、イエスは「羊飼いの声だけが、私たちを安全な場所に導くことができる」と教えておられるのです。


ヨハネの黙示録3章20節で、イエスはこう語っています。「見よ、わたしは戸の外に立ってたたいている。誰でもわたしの声を聞いて戸を開けるなら、わたしはその中にはいって彼と食を共にし、彼もまたわたしと食を共にするであろう。」この招きは私たちに向けられています。イエスの声を聞き、その命令に耳を傾け、心を開いて彼に従うように招かれているのです。


主を羊飼いとして選ぶとき、私たちは他に何も望むことがないと気づくでしょう。主の恵みと慈しみが生涯にわたって私たちを追い、私たちは主の家に永遠に住むのです。アーメン。

 

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Marlon is an author, educator and public speaker. He is the author of Winning: Poetic Expressions of Victory along life's journey and Producer of Upward Way Podcast.

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